top of page

今日、大事な人が結婚する。

 部屋に入って真っ先に目に入ったのは、窓から差し込む光が、絨毯の上に作った陽だまりだった。そして次に映ったのは、その陽だまりの中でこちらを見て微笑んでいる顔。

……けーちゃん、来てくれたんだね」

 口紅を塗られる前なのに、綺麗に桜色に染まった唇が紡ぐ。喜びからかそれとも感動からなのか、その声は少し震えているように聞こえた。

「誰かさんが、しつこく招待状送ってきたからな」
「失礼しちゃう。ざっと
50枚ぐらいでしょ?」
68枚だ、このバカ」

 歩くたびに柔らかな絨毯が、この日のためにおろした靴を包み込む。その感触をどこかむず痒く思いながら足を進める。
 そして、部屋の中央にいる彼女のところまで来ると、不服そうに膨らませているその頬を見下ろす。
 椅子に座っているせいで、いつもよりもずっと低い位置にある顔。無邪気に見上げてくるその顔は、記憶の中の幼かった彼女に重なった。

……綺麗だな」
「ありがと。でもそれは、ちゃんと完成した私を見てから言ってくれる?」

 そう言って不敵に笑う彼女。その顔は、もう小さかったあの頃とは違っていた。





「はい、これどうぞ」

 結婚式が終わって披露宴会場から出ると、入り口で見送りをしていた彼女にプチギフトを渡された。透明な丸いボックスの中には、結婚式の2人を模した絵がアイシングで描かれているクッキーが数枚入っていた。食べる側の心情も考えないメルヘンな贈り物に、つくづくあいつらしいなと笑いがこぼれる。

「おー、筒井!来たんだな!」

 ボックス片手に彼女と話していると、後ろから思いっきり体重をかけてのしかかられた。

「おめーよ、木下」

 そう言いながら首に回された手をどかす。振り返れば後ろには、木下のほかにも高校時代からの友人が2人立っていた。それぞれ、この場にふさわしいフォーマルな格好をしていて、制服のブレザーぐらいでしかスーツ姿を見ていなかった俺は、その違和感につい笑いそうになる。

「相川の執念についに折れたわけだ」

 からかうような笑みを浮かべながら言ったのは、同じサッカー部だった森だ。

「おまけに友人代表スピーチまでしちゃうんだから優しいよなー」

 腕組みをしながら言ったのは、遠藤。高校に入学して一番最初に出来た友達だ。

「まさか、友人代表スピーチ引き受けるなんてな」
「あれだろ?相川が百夜通いしたんだろ?会社帰りの筒井の家の前で毎晩待ってたって聞いたぜ」
「ちょっと!それどこ情報⁉︎」

 木下の言葉に、彼女、相川は血相を変えて問いかける。言うまでもなく、情報源はもちろん俺からだ。雨の日も風の日も、毎夜毎夜家の前で待たれる恐怖、人にちょっと話したところでバチは当たるまい。

「結局
65日目で承諾したっていうんだから筒井も優しいよな」
「それは!……嫁入り前の女が夜に家の前で座り込んでるとか、何かあったらまずいだろ」

 そう言えば、悪友
3人はにやにやとした笑みを浮かべてこっちを見てくる。そうなのー、実は筒井くん相川には優しいもんねーとでも言いたげな顔に腹が立つ。とりあえず手近にいた遠藤を蹴っておいた。すねを蹴ったせいか、飛び上がって痛がる遠藤。それを見て、少し溜飲が下がった。元サッカー部なめんな。

「でもまあ、当日まで行かないって言ってたのに、よくスピーチ頼んだよな。心配じゃなかったの?」

 もんどり打っている遠藤を他所に、森が相川に問いかける。すると彼女は、ううんと首を横に振った。その顔には、柔らかな笑みが浮かんでいた。

「だって、スピーチは絶対けーちゃんじゃないと嫌だったもん。けーちゃんじゃないなら別になくてよかったし」

 てらいもなく言われた言葉。それを聞いた森たちは、生暖かい視線をよこしてきた。

……何だよ」
「いやー、べっつにー」
「相変わらず仲のよろしいことと思って」
「どうなの?その辺妬けちゃったりしないの?」

 ねえちょっと、となぜかオネェ口調になりながら木下は、相川の隣で黙って俺たちのやりとりを見ていた新郎に絡みに行く。そんな木下に苦笑しながら新郎は、俺と相川を順に見やった。

「いえ、彼女にとっても筒井さんは大切な人なので、そんなことは。なぜ友人なのかなーとは思いましたが」

 全新郎がお手本にすべき爽やかな受け答えに、木下たちは、おおーっと感嘆の声をあげる。それに、新郎は照れいったように頬を掻いた。


 


「でもさ、絶対来ないと思ってたもんな。筒井は」

 二言三言新郎と言葉を交わした後で、森がぽつりと言った。それに、遠藤も木下も、俺も俺もーと同意の声を上げる。

「なんでだよ」
「だってさ、真っ先に見せたいから!ってわざわざ見せに来てくれた招待状目の前でビリビリに破いたんだろ?普通来ないと思うだろ」

 話した覚えのないエピソードに、思わず眉間にシワが寄る。もしや……と思って相川を見れば、予想通りそこには、てへっと自分の頭を小突いている彼女がいた。やめろそれ、25過ぎた女がかわいこぶんな。

「お前らな、こいつの執念深さ甘くみんなよ?」

 実際、招待状を破ってからというものすごかった。友人代表スピーチのための百夜通いはもちろんのこと、家には毎日招待状は届くし、メールやファックスまで駆使して結婚式の日取りが送られてくる。終いには、会社のメールボックスにまで届いたものだから、情報収集能力どうなってんだと末恐ろしくなったぐらいだ。

 ここまで語ると、森たちは青ざめた顔で互いに顔を見合わせた。そして、恐る恐るといった風に相川に視線をやる。そんなあいつらを見た相川は、艶やかな唇をきっちり左右対称に上げ、それはそれは綺麗に笑った。

「執念、じゃなくて、愛って言ってほしいな」
「それは……うん、愛だな」
「たしかにな」
「ああ、愛だ愛だ」
「おい、おまえら納得すんじゃねえ」

 触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに、同意の意を示す
3人。それを見た相川は、満足そうに頷いた。

「でも、まさかけーちゃんのスピーチに泣かされる日がくるなんて思わなかったから、驚きかも」
「失礼な言い草だな。俺はやる時はやる男だ」
「お前がそれ言うか⁉︎生徒会選挙の時の応援演説前に、腹が痛いとか言って逃げたの許してねーからな!」

 聞き捨てならんとばかりに、遠藤は大きな声で吠える。そう言えば、そんなこともあったか。でもあれは、本当に腹が痛かったんだ。たぶん前の晩に食べた消費期限切れのパンがダメだったんだろう。だから、断じて応援演説が嫌で逃げたわけじゃない。たとえ、ギリギリまで演説内容が決まってなかったとしてもだ。

「お前のせいで生徒会入れなかったんだからなー」

 ただでさえ細い目をさらに細めて、ジロリと睨んでくる遠藤。その肩を、まあまあとなだめるように森が叩く。

「でもさ、遠藤は絶対生徒会入れなかったって」
「そうそう。だっておまえ、自分の公約覚えてるか?」

 その言葉に、遠藤はうっと言葉を詰まらせる。思い出したのか、相川もくすりと笑いをこぼした。内輪ネタに入ってこれない新郎は、何なに?と隣の彼女に問いかけている。

「全教室に
17アイス自販機の設置」
「そして、男子の短パン夏制服導入」

 森と木下が口にした遠藤の公約に、新郎は一瞬ぽかんと口を開けた。そして、しばらくして笑いが追いついてきたのか、ぷっと顔を背けて吹き出した。気安い仲で遠慮などない森と木下は、声をあげてゲラゲラと笑い転げる。

「おっまえ、これはないわー」
「だよな!まず、教室にアイス自販機とかわけわかんねーし」
「だいたい、男子の短パンもさ、むっさい男子高校生の生足見て誰が喜ぶんだよ」
「でもさ!」
「女子の間でも、あり得ないって評判だったよ」

 腹を抱えて笑う森と木下。そんなあいつらに最初は何か言い返そうとしていた遠藤だったが、女子からの言葉は堪えたらしい。相川が言った後、力なさげにガクリと肩を落とした。

「いい案だと思ったんだけどなあ……
「安心しろ、遠藤」

 頭を俯かせて落ち込む遠藤の肩に、俺は静かに手を置く。

「筒井、おまえ……

 顔を上げた遠藤は、味方してくれるのか?そんな期待を込めて俺を見つめてくる。それに、俺は黙って頷いた。

「安心しろ。俺も、……あれはないと思う」

 勿体つけて言えば、さっきまでのキラキラした顔は何処へやら、またしてもガックリと頭をうなだれた。それを見て、ドッと笑いが起こる。今度は、新郎までもが隠すことなく大口を開けて笑っていた。

「いやー、やっぱこのネタいいな!」
「遠藤と集まったら、この話は絶対しねーとな」
「おまえら俺で遊ぶなよ!というか、今は筒井のスピーチの話だろ!」

 恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして遠藤は言う。そもそも誰が話を脱線させたんだと思わないでもなかったが、ここは黙っておくことにした。これ以上いじれば、ヘソを曲げかねない。そして、一旦機嫌を悪くした遠藤は、これ以上ないくらい面倒臭い。そのことが皆わかっているからか、話はもとのスピーチへとすんなり戻っていった。

「にしても、原稿とか見てなかったみてーだけど、丸暗記してたのか?」

 不思議そうに首を傾げながら問いかけてくる森。ほかの皆森と同じことを思っていたのか、うんうんとしきりに頷いている。

「いや、あれ即興だし」
「ええ!おまえ、結婚式のスピーチ即興とか聞いたことねーぞ!」

 驚いた声をあげる森に、今度は俺が首を傾げる。そんなに驚くことか?そもそも、結婚式に行こうと決意したのは今朝で、スピーチ原稿なんて準備する暇がなかった。だから、仕方なく即興でやったのだが……

「でも、私は満足してるよ!なんたってけーちゃんからの愛がビシビシ伝わってきたからね!」

 真っ白な布に包まれた胸を張って、得意げに相川は言う。一瞬迷ったが、もう式も披露宴も終わったしいいだろう。うっせーとむき出しになっている額にデコピンをお見舞いする。すると相川は額を押さえて、大げさに痛がってみせた。

「いったー!ちょっと正志(まさし)くん、風穴空いてない?風穴」
「ううーん、赤くなってるぐらいかな?」

 横を向いた相川は、顔を突き出して隣にいた新郎に額を確認してもらっている。それを見て、ふんっと鼻で笑えば、黒目がちな目にギロリと睨まれた。

「笑いごとじゃなか。けーちゃんのデコピンはめっちゃ痛かとね」
「なんで急に九州弁なんだよ」
「うるさい!けーちゃんのバーカバーカ!」
「おまえ、そんな形で子どもみたいなこと言うのやめろ」
「あれ、じゃあこの姿の私は大人っぽいって?そういうこと?やだ、けーちゃんたら素直じゃないんだから」

 ああ言えばこう言う。向こうが何か言えば、こっちもそれに応戦する。それを繰り返していると、ふとほかの
4人の声が聞こえないことに気がついた。ひとまず言い合いを止めて視線をやれば、そこにはにやつきながら微笑ましそうに俺らを見ている顔が4つ並んでいた。

「いやー、仲直りしたからって新婦とあんまりいちゃいちゃするなよ。筒井」
「そうそう。新郎が嫉妬するぞー」

 はやし立てるように言う森以下
3名。それを聞いた新郎は、なんと反応すればいいか迷っているようにはにかんでいた。

「妬けるよなー、新郎くん」

 白いタキシードを着込んだ新郎の肩に、木下は同情するように手を置く。しかし、木下の言葉に新郎はゆっくりと首を横に振った。

「いえ、筒井さんは彼女にとって唯一の人ですから。嫉妬するなんてそんな恐れ多い……」

 謙遜するように、へこへこと頭を下げながら新郎は言う。思うに、彼はもっと自信というものを持った方が良い。驕らないのは美徳だが、それと自信がないのとは違うぞ。そう言いかけて俺は、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。何か言おうと新郎が口を開きかけたからだ。

「でも、これからは僕のお嫁さんになるわけですから、遠慮なくいかせてもらいますけど。……

 最後に付け足された呼び名。眼鏡の奥の切れ長の目が、不敵に光る。いつになく頼もしげなその様子に、俺はふんと鼻を鳴らす。当の相川はというと、俺と新郎とを見比べて、楽しそうに笑っていた。


 



   ◇ ◇ ◇

 
 

 マイクの前に立った筒井は、これから祝いのスピーチをするとは思えないほど仏頂面だった。つり目気味の目はいつも以上に眼光鋭いし、その眉間には深々とシワが刻まれている。この上ない不機嫌顔。まあそれも、この結婚式に至るまでの経緯を知っている者たちからすれば、当然といえば当然だった。だから、非難するような声はどこからも上がっていないし、逆にくすくすと微笑ましそうに笑っている人が大半だった。

「えー、先ほど紹介にあずかりました、筒井桂一郎です。すいません、こういった場でスピーチをするのは初めてなんで、うまく喋れないんですが……とりあえず俺なりの言葉で話したいと思います」

 こほん、と一つ咳払いをした筒井は、斜め後ろにある新婦と新郎が座っているテーブルを振り返る。

「正志さん、そして相川、あーこういう時は名前の方がいいのか?じゃあその……あれ、おまえ名前なんだっけ?」

 突然の衝撃発言に、それまでニコニコと筒井のスピーチを見守っていた相川は、ガバッと立ち上がる。

「智衣!さ・と・いだから!というかこれだけ一緒にいて、名前忘れるなんてあり得ない!」

 綺麗に化粧のほどこされた顔が崩れるのもお構いなく、相川は一音一音たしかめるように大口を開けて言う。その様子に、会場からはクスクスと笑い声があがった。

「あー、わるいわるい。智衣だったな。んじゃあ、気を取り直して。……正志さん、智衣、おめでとう」

 祝いの言葉に、新郎はありがとうございますと言って頭を深々と下げる。相川はというと、納得はいっていないような顔をしていたが、不満そうに唇を尖らせながら渋々腰を椅子へと下ろしていっていた。
 新婦と新郎の席に向いていた筒井は、再び、列席者たちのテーブルがある方へと体を向き直す。

「でも、急に名前で呼ぶのはなんかあれなので、相川でいきたいと思います。……俺は、相川とは昔からの付き合いです。でも、今のを見てもらうとわかるように、こいつの名前を忘れるような薄情なやつです。だから、今日なぜ友人代表でスピーチする羽目になったのか全くわかっていません。というより、そもそも友人なのか?とすら思っています」

 聞く人が聞けば、こんな奴がなぜ代表スピーチを!と怒りそうな発言。けれど、ここにいる列席者は誰も何も言わなかった。ただ、黙って筒井の言葉のつづきを待っていた。

「俺と相川は、生まれた時から何をするのも一緒でした。喋ったタイミングも立ったタイミングも、歩いたタイミングも一緒だったと聞いてます。俺らは覚えてないけど。
だけど、俺らが
6歳の時、急に離れ離れになりました。ここに両親がいないこと、それがその理由です」

 一瞬、筒井は目を伏せる。その理由は、ここにいる誰もが聞かなくてもわかっていた。

「バラバラになることになった時、俺はもう二度とこいつと会うことはないんだろうな、と思いました。ガラにもなく泣いたりしました。でもまあそこは、いい意味で裏切ってくるのがこいつなんで。新しい家に着いた時、汗だくのこいつがいた時はびっくりしましたよね。『ジェットばばあかよ』と思いました」

 ばばあとは何よ!と非難の声が新婦席からあがる。それを聞いて、会場内にはまた笑いが波のように広がっていった。

「てっきり今生の別れ、もう面倒を見なくて済むものだと思ってたのに、その期待は大きく外れました。名字が変わっても、住む場所が離れても、こいつはその恐ろしいまでの執念でどこまでもくっついてきました。正直こえーと思いましたよ?里親さんに迷惑かけんなとも思いました。でも、どこか嬉しく思った自分がいたのもたしかです」

 そこで、筒井は一度言葉をきった。言おうか言うまいか迷っているように、自分の唇を噛みしめている。いや、ひょっとすると泣くのをこらえていたのかもしれない。
 会場の誰も、何も言おうとしない。しばしの沈黙。そして、筒井はおもむろに口を開いた。

「このままじゃダメだと思いました。このままじゃ、こいつは一生離れなくなる、独り立ちしなくなる。そう思いました。だから、あえて俺は突っ放すことにしました。呼び方も名字に変えて、話しかけられても無視して、極力関わらないようにしました」

 そのことは、高校時代ずっと見ていたから知っていた。
 幼い頃、桂一郎と上手く発音できないせいで「けーちゃん」となった名前。その名前で、いつでも何度でも呼びかけ、話しかけてくる相川。けれど、どれだけまとわりつかれても、筒井は相手にすることはなかった。それは、お互いにとってどれだけ辛かったことだろう。互いが互いに、この世で唯一の人であるから余計に。

「こいつはこいつの、俺は俺の人生がある。一旦離れ離れになるのが決まった時に、俺らの人生は別れてしまった。なのに、そこに必要以上に干渉するのはよくない。人一倍、寂しんぼで執着心の強いこいつなら尚更。
だから、今日の結婚式にも来るつもりはありませんでした。スピーチだって無断欠席するつもりでした。なのにそれができなかったのは、こいつが……

 そこで、筒井は新婦席に座る相川の方を振り返る。相川は、その大きな目に薄っすらと涙をためて、じっと筒井を見つめていた。ゆっくりと声に出さずに、その紅色の唇が
5文字を刻む。それを見た筒井は、聞こえるか聞こえないかの小さな声で、うるせーと呟いた。そして、筒井はマイクへと向きなおる。

……それはこいつが、俺の大事な妹だから、かもしれません」

 頑なに、これまで口にしようとしなかった4文字。それがマイクに乗って今、会場中に響き渡った。そして筒井はすうっと息を吸い込む。

「皆さん、今日、俺の大事な妹は結婚します。人より何倍も執念深くて、自己中で、寂しんぼなこいつが、俺以外にやっと心を許せる家族を見つけました」

 筒井は今度は、新郎席の方を振り返る。その視線に気づいた新郎は、慌てて背筋をピンと伸ばした。

「正志さんが現れてくれて、正直どこかほっとしてます。これでこいつの鬼のような執念も分散されて、ちょっとはマシになるかなーと思って」

 ドッと会場は笑いに包まれる。普段なら言い返す相川だが、この時は何も言わなかった。いや、言えなかったの間違いかもしれない。

「正志さん、こいつを結婚相手に選んでくれてありがとうございます。それから、……サト」

 涙を拭っていた相川の肩が、びくりと跳ねる。ハンカチを外して現れた顔は、信じられないものを見たかのような表情を浮かべていた。それに、筒井は照れくさそうに頭を掻く。

「サト、結婚おめでとう。幸せになれ」

 仏頂面だった顔に、はにかむような笑顔が浮かぶ。それを見た相川は、その顔に花のように笑みを咲かせ、大きく頷いた。










 

© 2020 by Houda Namika. Proudly created with Wix.com

bottom of page