top of page

一番の祝福を君に

 その日、領主の屋敷は朝からてんやわんやの大騒ぎだった。


「おい!宴会場の酒の準備は」
「もうすぐ酒屋さんがいらっしゃいます!」
「そろそろ郷長方が来るぞ!誰か出迎えに行っているか?」
「さっき門の方へ女中が向かいました!」

 屋敷のあちこちで大声が響く。右へ左へ、屋敷中を色んな人が忙しなく行き来している。今日はたぶん一日中この調子だろうと思って、僕はため息をついた。


 ここ、金河(きんか)領には、古くから祀られている神様がいる。”錦さま”と領民から呼ばれている神様は、代々この地を守ってきた土地神様だ。錦さまのおかげで、金の河の名に相応しい豊かな水源とそれによってもたらされる大地の恵みが保たれている、と考えられている。
 そしてさらなる領の発展を願い、100年に一度、若い娘を錦さまの神殿に奉納するのがこの領での習わしになっている。
 ”姫巫女”と呼ばれる娘は、領主の屋敷で大切に大切に育てられ、毎年誕生日には領民をあげてのお祝いが開かれる。

 今日がその、姫巫女さまの誕生日だ。




「こら!何さぼってる!!」

 隅っこに寄って、ばたばたと動き回っている人たちを何とはなしに見ていると、突然上から頭を小突かれた。怒られる!と思って思わず身構えたが、相手が昔からよく面倒を見てもらっている武官であることに気づいて、緊張を解いた。

「もう、驚かせないでくださいよ」
「ごめんごめん。で、何してるの?こんなとこで」
「忙しそうだなと思ってみてるだけです。そっちこそ、こんなとこにいてお仕事大丈夫なんですか?」
「んー?警備は足りてるから、別に俺、することないんだよね」

 顎に指を当てて首を少し傾げながら、目の前の武官はのほほんと暢気に言ってのける。それを見て、口元に苦笑いが浮かぶのを止めることができなかった。こんなにぽやぽやした人が、この領で一二を争う剣の使い手と言うのだから人は見かけによらない。

「でも君はここにいちゃダメでしょ。領主のところにいないと。郷長たちが来だしたら挨拶ラッシュがはじまるよ?」
「いいんですよ。末っ子の八男がいようがいまいが、誰も気にしません」
「はは、それは道理だ」

 愉快そうに笑う武官を、横目でじとりと見つめる。自分で言っておいてなんだが、素直に納得されるとどこか複雑だ。
 領主の子どもは全部で八人。今年で30歳を迎える長男にはじまり、満18歳になる末っ子の僕まで、五男三女がいる。さすがにそれだけいると、下の子になるにつれて扱いが段々雑になるのは、仕方ないだろう。跡継ぎである長男や、中央の朝廷に出仕している兄上たち、ほかの領へ嫁いだ姉上たちに比べると、末っ子で五男、しかも出仕もせず家にいる僕は一番扱いが軽い。
 その分、好きにできるから楽でいいけど。


「暇なら姫巫女さまのところに行ったら?最近来なくて寂しがってるって言ってたよ」

 壁にもたれかかって、しばらくとりとめもない話をしていると、不意に武官が呟いた。その名前が出てくるとは思っていなくて、思わずどきりと鼓動が跳ねた。

……行けませんよ。僕、もう成人の儀終わったんですよ?」
「あーそう言えばそうだっけ?おめでとう」
「ありがとうございます」
「で、それと会いに行かないのとどんな関係が?」

 尋ね返されて、ちらりと武官の方へ視線をやれば、彼はにこにこと笑みを浮かべてこちらを見ていた。確信犯で聞いているだろう彼を不満げにねめつければ、おかしそうに高らかな笑い声をがあがった。

「いやあ、若いって大変だね」
「絶対面白がってますよね?」

 そう尋ねれば、武官は否定も肯定もせずに笑みを深めた。いや、綺麗な三日月形になった口元からしてきっと肯定しているのだろう。彼は、人をからかって遊ぶのが何よりも大好きだ。



「ああ!やっぱりここにいた!探しましたよ!!」

 突然、向こうからバタバタと大きな足音が聞こえてきた。何事かと思って見れば、若い青年がこっちに向かって走って来ていた。そして、隣にいる武官の姿を見とめると大きな声で叫ぶ。ここまで必死に走ってきたのだろう、額には大粒の汗が浮かんでいた。

「もう!さっきからずーぅっと、ずーぅっと探してたんですから!」
「はいはい、落ち着いて。どうした?」
「どうした?じゃないですよ!郷長たちの出迎えに立ち会ってくださいって昨日言いましたよね!?」
「あー、そんなこと言ってたような」

 武官は、はにかみながら困ったように後頭部を掻いた。それを見て青年は、目を丸くすると愕然としたようにうなだれた。大丈夫か尋ねようと一歩近づいたその時、青年は勢いよく顔を上げた。びっくりして思わず一歩後ずさる。

「もういいです!あなたの忘れっぽさわかっていながら確認しなかった私が悪い!とにかくさっさと行きますよ!!」
……ちょっとそれ失礼じゃない?」
「いいから行きますよ!」

 青年は、武官の文句を聞き流すと、腕を取って前へグイグイ引っ張りながら歩きはじめる。武官は、引きずられながらも何やらぶつぶつと文句を言っていたが、突然何かを思い出したように、あっと声を上げた。そして、くるりと顔だけ僕の方へ向ける。

「言い忘れてた。会える時に会っておいた方がいいと思うよ?君らには時間がないんだし」
「はいはい!それはいいですから行きますよ」

 ”時間がない”。その一言に大きく心を揺さぶられた。
 人の気も知らないで、暢気にじゃあねーと掴まれていない方の手を振りながら、武官は遠ざかっていく。どうやら自分で歩く気はさらさらないらしく、青年に引きずられたままだ。
 自分よりも大きい武官を一生懸命引っ張る青年を見送りながら、適当な上司をもつと大変だと他人事ながら思った。その後姿に、頑張れと心の中で声援を送る。……武官の方には、自分で歩けと念を送っておこう。

 二人が去ると、途端に暇になった。
 皆、宴会場の準備や出迎えに行っているのか、さっきまでたくさん人が行き来していたのが嘘のように辺りには誰もいなくなっていた。

……久しぶりに行ってみようか」

 さっきの武官の言葉を聞いたからか、自然と足が動き出していた。
 そう言えば会いに行くのは3ヶ月ぶりぐらいだろうか。会ったら彼女はどんな顔をするだろう。驚かれるのだろうか、それとも来なかったことを責められるのだろうか。どちらにせよ、これから彼女に会うと思うと、鼓動が早くなって仕方なかった。





 公の場であり、政治や儀式が執り行われる表御殿。そこから渡り廊下で繋げられていて、寝室などがある日常生活の場である奥御殿。さらに奥に行った、敷地内の最奥に建てられた深緋(こきひ)殿。そこが、姫巫女さまが居住する建物だ。
 一応、奥御殿とは渡り廊下で繋がっているが、深緋殿に出入りすることができるのは、領主の許可を得た一部の者に限られている。
 僕も、その一部の者の一人だった。
 いや、今も許されてはいるが、実際に出入りするのはあまりいい顔はされないだろう。


 奥御殿から深緋殿へと続く渡り廊下には、いつもは警備が常駐されているが、今日は誰一人として人がいなかった。これ幸いとばかりに、大手を振って渡り廊下を歩きはじめる。
 簡単に深緋殿まで辿り着けないようにするためだろうか。渡り廊下は、迷路のように複雑に入り組んだ作りとなっている。
 けれど、足が道を覚えているのか、久しぶりに来るのに道に迷うことは一度もなかった。

 渡り廊下を歩き終えると、深緋の名の通り、眼にも鮮やかな緋色の柱が印象的な建物が見えた。ここが、姫巫女さまの住まう深緋殿だ。
 母屋の外側に張り出された廂を通って、姫巫女さまがいるであろう部屋へと向かう。その道中、母屋の東に造られた、東庭と呼ばれる庭が眼に入った。
 赤色を好む錦さまのために、東庭にはたくさんの紅葉が植えられている。それらは、秋になった今、鮮やかな色に染まっていた。
 一面に広がる、赤、赤、赤。
 一つの混じりけもないその色は、何とも美しく、言葉にしようがなかった。言葉にしてしまえば一瞬にしてその美しさは失われてしまう。そんな気がした。
 秋の涼やかな風が吹く。ざわざわと枝が揺れ、雪のように、赤い葉が宙に舞う。
 そんな光景に思わず眼を奪われていると、紅に染まった庭の中に、一際際立つ赤色を見つけた。僕の存在に気づいたのか、その赤色はゆっくりとこちらに振り返る。

「和巳(かずみ)?」

 僕の姿を見とめた瞬間、夕焼け空のような赤毛の間から覗く、琥珀色の眼がすっと細められた。たったそれだけのことに嬉しさがこみ上げる。

「姫巫女さ……

 名前を呼んで近づこうとしたその時、彼女の今の服装に気づいて、慌てて手で眼を覆った。一瞬で顔が真っ赤に染まる。

「な、なんて格好してるんですか!何でまだ寝衣なんです!?」
「えー、だってあれ着たくなかったんだもの。きらきらして無駄に重たいし」

 思わず声を荒げて言えば、彼女は不満そうに返した。
 言い分はわからなくもない。たしかに、祝賀会の時に来ている衣装は、毎年豪華で重たそうだ。けれど、けれどだ。それにしても寝衣のままでいることはないだろう!本来それは人に見せてはいけないもので……異性の僕になら尚更だ。

「とにかく何か羽織ってください!」
「別に大丈夫だよ、和巳なら。ちっちゃいころから一緒だったんだよ?」

 気にしないよ。そう言って笑う彼女に、力が抜けてしまう。これじゃあ、意識している僕がバカみたいじゃないか。

 外界からの接触が断たれた姫巫女さま。そんな彼女を不憫に思った領主は、せめて遊び相手でもつくってあげたいと考えた。けれど、相手は領の命運がかかっていると言っても過言ではない、大事な大事な人だ。下手な人は当てがえない。そこで白羽の矢が立ったのが、彼女と歳が近かった僕だ。幸いにも気が合った僕らは、それからずっと兄妹のように一緒に育ってきた。まさかその弊害がこんなところで出てくるとは。

 彼女が気にしないのなら別に構わないだろう。もう開き直って、僕は当てていた手を外した。けれど、やっぱり寝衣姿は見てはいけないものだとわかっているからだろうか。どうにもドキドキして落ち着かない。
 そんな僕の気持ちには気づかないようで、彼女は嬉しそうに僕のいる廂に駆け寄ってきた。

「久しぶりね!どうして最近来なかったの?」
「どうしてって……僕ももう成人したしね。むやみに会いには来れないよ」
「何で成人したらダメなの?」

 首を傾げながら、きょとんと不思議そうに彼女は尋ねる。さっきの武官とは違って、本当にわからないのだろう。外から隔絶されて育った彼女は、どうも常識に疎いところがある。
 世間一般に、18歳になって成人を迎えた男女は、軽々しく二人きりで会ったりしないものだとされている。女性の家を訪ねるなど、恋人同士でもない限りご法度だ。
 たぶんわかってはくれないだろうなと思いつつも、彼女に説明する。案の定納得できなかったようで、彼女はつまらなさそうにふーんと呟いた。

「変なしきたりがあるのね。そんなの気にしないで来ればいいのに……
「そういう訳にはいかないよ。君は、この領の大事な姫巫女さまだしね」

 言ってしまってから、しまったと思った。彼女は、姫巫女さまだからと特別扱いされるのを殊更に嫌う。
 恐る恐る彼女の様子を窺えば、やっぱり不満そうに頬を膨らませて、じとっとこちらを睨み付けていた。

「また、”姫巫女さま”。皆して姫巫女さま、姫巫女さま……そればっかりね」

 ぷいっとそっぽを向いて言う。少しだけ伏せられた眼には、悲しげな影が降りていた。こういう時、僕は彼女にどんな言葉をかければいいかわからなくなってしまう。
 ”特別扱い”なんて僕には無縁の言葉だ。
 着る物は兄たちのおさがり、兄弟が多いから部屋だって兄たちと相部屋……挙げだせばきりがないが、とにかく特別扱いなんてされたことがない。そんな僕には、彼女の気持ちはよくわからなかった。

「でも、皆それだけ君のことを大切に思ってるってことだよ」

 やっとのことで捻り出した言葉は、今の彼女にかける言葉としてはそぐわなかったらしい。彼女は、ふっとため息をついた。そして、こちらへと視線を向ける。

「大切にしてるのは、”私”じゃなくて”姫巫女”よ。姫巫女なら、私じゃなくても誰でもいいの」

 僕を見つめながら、彼女は微かに笑みを浮かべる。その笑顔はとても寂しそうなのに、どこか美しく見えた。

「今日の祝賀会だってそう。ずっと祝いの言葉を聞いてるとね、自分が誰なのかわからなくなりそうになる。だって、全部私じゃなくて姫巫女さまに向けられたものだもの。祝賀会なんていいから、ただの私におめでとうって言ってほしい」

 ざわざわと、風が強く吹く。風にあおられて、また紅葉が舞い上がる。
 それと同時に、彼女の腰まである長い赤い髪の毛もふわふわと風になびいた。
 紅葉の赤と、彼女の赤。二つの赤が混じり合う。
 不意に、昔彼女の赤毛を見た大人たちが、赤が好きな錦さまにぴったりだと騒いでいたのを思い出した。だからだろうか。このまま、彼女が紅葉の赤の中、溶けて消えてしまいそうな錯覚に襲われた。思わず、手が伸びる。

「和巳?」

 名前を呼ばれて、ふっと我に返る。見れば、彼女は眼を丸くして僕を見ていた。
 慌てて伸ばしていた手を引っ込める。

「どうしたの?」
……赤にあてられた?」
「何それ、変なの」

 僕の返事を聞いて、彼女は面白そうに声をたてて笑った。それを横目で見ながら、僕は信じられないような気持ちで、自分の手を見つめた。
 もう触れない。そう心に決めていたのに、無意識のうちに彼女に触れようとしていたのに驚いた。

「でも、気持ちはわからなくもないな。すごいもんね、この赤」

 そう言って、彼女は両手を広げてくるりとその場で回る。地面に広がる落ち葉を踏んで、かさりと音がした。

「本当、すごい綺麗な紅葉」
「へっ!?」

 何とはなしに呟いた一言に、勢いよく彼女は振り返る。その顔は真っ赤に染まっていた。
 一体どうしたのかと不思議に思ったその時、彼女の勘違いに気づいた。

「ち、違う!綺麗って言うのは、もみじのことじゃなくて、紅葉のことで!」

 慌てて訂正をする。何か余計にややこしくなったような気がしたが、彼女にはちゃんと伝わったようだった。赤かった顔がさらに赤くなる。

「もう!ちゃんとそう言ってくれればいいのに」

 彼女は恥ずかしそうに頬に手を当てて、視線を僕から外した。つられてこっちまで気恥ずかしくなり、足元へ視線を落とす。
 地面に敷き詰められた紅葉が眼に入る。それは、まるで赤い絨毯のようだった。

 はらり、はらり。
 一枚、また一枚と紅葉が空から降ってきて、地面へと落ちる。
 それは、想いが深まる過程によく似ていると思った。
 ほんの些細なこと。何でもない動作や、言葉が積み重なって、気持ちが深まっていく。
 ひとつ、またひとつ。土に雨が染みこむように、ひとつひとつが心に染みこんで跡を残す。たとえ、ひとつひとつの記憶は薄れてしまっても、跡は消えずに残って広がっていく。
 そうして深まった気持ちは情になり、恋になって、いつかは愛になるのだろう。

 なんて、柄にもなくロマンチックなことを考えてしまったのは、やっぱり赤にあてられたからかも知れない。


「どうしたの?急に黙りこくっちゃって」

 もう羞恥心からは立ち直ったのだろうか。突然黙り込んだ僕の顔を、気づかわしげに彼女が覗きこむ。姫巫女の証である透き通った琥珀色の眼は、心配そうにこちらを見つめていた。
 真っ直ぐに見てくる眼は、僕がこの気持ちを伝えてしまえば、どうなってしまうのだろう。そんなことを、ふと考えた。絶対に有り得ないことだけれど。


……もみじが綺麗だね」
「もう!またからかって!!」

 僕の言葉に、彼女はぷくりと頬を膨らませた。そんな行動すら愛おしいと思ってしまうのだから性質が悪い。

「本当に綺麗だよ。僕、もみじが一番好きだな」
「やめてよもう!面白がって!悪趣味」

 どうやら本当に怒ったみたいで、彼女はきっと眦を吊り上げて言った。そして、ふんとそっぽを向く。
 もみじと紅葉。この違いに彼女が気づくことは、きっとこの先絶対ないだろう。
 ”時間がない”。そう彼は言ったが、時間があってもなくても、もともとこの恋はどうにもならないのだ。神様の花嫁さまに告白する気など、はなからさらさらない。だったら……

「ごめんごめん。お詫びに、君の願い、叶えてあげるよ」
「願い?そんなの和巳に言ったっけ?」

 僕の言葉に、そっぽを向いていた彼女は、怪訝そうな顔をこちらに向けた。
 それから腕組みをして、しばらく願い事の内容を思い出そうとしていたようだったが、どうやら見当もつかなかったらしい。小首を傾げながら、僕に、何のことかとまた尋ねる。

「さあ、何のことでしょうね。聞いてのお楽しみかな?」

 そう言って答えをはぐらかしていると、渡り廊下の方から足音が聞こえてきた。その音は、真っ直ぐにこちらに近づいてきている。
 彼女の側仕えが来たのだろうか。それとも警備の人か。いずれにせよ、ここで二人きりでいるのを見られれば、嫌そうな顔をされるのは必至だろう。寝衣のままの彼女がいるから尚更。

「じゃあまた後で」

 幸い、足音の主は東庭の方へ来ているようなので、母屋を回り込んで西庭の方へ行けば、鉢合わせずに済むことができるだろう。まだ何か聞きたそうにしている彼女を置いて、急いで廂を駆け出した。






 祝賀会は、例年通り滞りなく進んでいた。

「本日は、姫巫女さまの誕生日を祝う席にお招きいただき、誠にありがとうございます。姫巫女さまが、今年もつつがなく歳を重ねられましたこと、お喜び申し上げ…………

 長々と続く、祝賀会の列席者たちの祝辞も例年通りで、正直飽き飽きしてきていた。
 退屈になってふと、上座の金屏風の前に座る姫巫女さまに眼をやれば、彼女ははじまった時と同じ態勢のままで、祝辞に耳を傾けていた。いつもは、まだまだ子どもっぽくて幼いのに、こういうところはきちんとしているから尊敬する。
 綺麗な刺繍がほどこされた、きらびやかな緋色の打掛を羽織って、微笑む姿ははっとするような美しさだ。
 けれど、その笑みはとても寂しげに映った。
 それはきっと、彼女が浮かべている笑みが、心からのものではないからだ。
 たくさんの列席者に、たくさんのお祝いの言葉、たくさんの贈り物。
 全部、全部、自分ではなく、自分の後ろ、自分の肩書に贈られたものだとしたら……一体どんな気持ちだろう。そんな立場になったことがないから想像するしかできないが、それはきっと、とても悲しいことだと思った。
 こんなにたくさんの人がこの場にいるのに、彼女が一人きりでいるように見えた。



「おい、次お前だぞ」

 脇腹を小突かれてはっとする。どうやら領主一家の番になっていたようで、ひとつ上の兄が姫巫女さまの前からこちらに帰ってきているのが見えた。それを見て、慌てて立ち上がる。
 去年は足が痺れて、立ち上がった瞬間にこけるという失態を犯したが、今年はそんなこともなく、速やかに前に出ることができた。
 姫巫女さまの前に座って、深々と一礼する。顔を上げた時、ほんの少しだけ、彼女が笑みを深めたように見えて嬉しくなった。
 兄上たちに文を考えてもらって、昨日必死に覚えこんだ祝辞。一生懸命考えてくれた兄上たちに、心の中で謝りながら、それらをきれいさっぱり頭から放り去る。そして、すっと深呼吸した。

……お誕生日、おめでとうございます。もみじ様」

 周りの者が一気にざわめき出すのがわかった。兄上たちが、慌てたように僕の名を呼ぶのが聞こえる。 
 きっと、後からみっちり怒られるんだろうな、と他人事のように思いながら視線を上げれば、彼女は呆けたような顔をしていた。
 瞬きをするのも忘れ、ビー玉のように真ん丸な眼をこぼれ落ちそうなぐらい見開いて、ぽかんと口を開けている。なんて顔をしてるんだと思ってくすりと笑えば、彼女ははっとしたように、ぱちぱちと数度瞬きを繰り返した。
 それから、僕に向かってにっこりと微笑んだ。花が綻ぶようなその笑みは、きっと心からのもので、眼が離せなかった。

「ありがとう、和巳」

 ぽつりと僕だけに聞こえるような声で、彼女がこぼす。それだけで、胸がきゅっと締め付けられた。後で怒られることなんて、たったそれだけのことで、どうでもよくなってしまう。

 彼女が錦さまに嫁ぐまで、あと二回。
 その二回の誕生日に、僕は心からのおめでとうを言おう。
 ”姫巫女さま”にではなく、ただの”もみじ”に。
 君が、少しでも多く本当の笑みを浮かべられるように。君が、君のままで少しでも長くいられるように。それが、僕にできるただ一つの贈り物だ。







 

© 2020 by Houda Namika. Proudly created with Wix.com

bottom of page